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東京地方裁判所 平成2年(ワ)9120号 判決 1991年10月31日

原告

日本相互住宅株式会社

右代表者代表取締役

塚本三千一

右訴訟代理人弁護士

長野源信

被告

永代信用組合

右代表者代表理事

山屋幸雄

右訴訟代理人弁護士

西村真人

山上朗

新井清志

小澤治夫

被告

有限会社国宝運輸

右代表者代表取締役

武内将文

右訴訟代理人弁護士

町田富士雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金五一九八万六六四八円及びこれに対する平成二年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告有限会社国宝運輸(以下「被告国宝」という。)は、もと別紙物件目録記載の建物二棟(以下「本件建物」という。)を所有していた。

2  被告国宝は、被告永代信用組合(以下「被告組合」という。)に対し、昭和六一年四月三日、本件建物について、信用組合取引及び保証委託取引から生ずる債権並びに手形債権及び小切手債権を被担保債権として、極度額一億円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定し、その旨の登記をした。

3  被告組合は、昭和六二年八月二一日、本件根抵当権に基づき不動産競売の申立て(東京地方裁判所昭和六二年(ケ)第八八六号、以下「本件競売事件」という。)をし、同裁判所は、同月二四日競売開始決定をした。

4  原告は、本件競売事件において、平成元年八月二日本件建物を八二四八万円で競落し、同年一〇月一一日代金を納付した上、同月一二日所有権移転登記を受けた。

5  被告組合は、平成元年一一月二一日の配当期日において、競売手続費用のほか、五一九八万六六四八円の配当を受けた。

6  本件競売事件の物件明細書の備考欄には、本件建物の敷地利用権に関し、平成元年五月二二日付けで「本件については、一時使用目的ではなく、建物所有目的の借地権として評価したと付記。裁判官」と記載されていたので、原告は、この記載を信頼し、本件建物には借地権があることを前提として、競落した。

7  本件建物の敷地である土地(以下「本件土地」という。)を被告国宝に賃貸ししていた浅賀一郎(以下「浅賀」という。)は、原告が本件建物を競落し、その代金の納付前である平成元年八月一〇日、被告国宝らを被告として、本件土地の賃貸借契約の解除を理由に本件建物の収去と本件土地の明渡しを求める訴訟(東京地方裁判所平成元年(ワ)第一〇六六〇号、以下「別件訴訟」という。)を提起したところ、被告国宝らが第一回口頭弁論期日に欠席したため、同裁判所は、同年一〇月二七日、浅賀勝訴の判決(以下「別件判決」という。)を言い渡し、同判決は控訴がないまま確定した。

8  別件判決によれば、原告が本件建物を競落した当時本件土地の借地権が消滅していたことになるため、原告は、被告国宝に対し、民法五六八条一項及び五六六条二項の類推適用により、平成二年六月二一日到達の書面をもって、競落代金八二四八万円のうち八〇〇〇万円の減額請求をした。

9  被告国宝は無資力であるため、原告は、被告組合に対し、民法五六八条二項及び五六六条二項の類推適用により、平成二年七月六日到達の書面をもって、配当金五一九八万六六四八円の返還請求をした。

10  よって、原告は、、被告らに対し、請求の趣旨記載のとおりの支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告組合)

1 請求原因1から5までの各事実は認める。

2 請求原因6のうち、本件競売事件の物件明細書の備考欄に原告主張のような記載があったとの事実は認めるが、その余の事実は知らない。

3 請求原因7の事実は認める。

4 請求原因8の事実は知らない。

5 請求原因9のうち、被告組合に原告主張の書面が到達したとの事実は認めるが、その余は争う。

6 請求原因10は争う。

(被告国宝)

1 請求原因1から5までの各事実は認める。

2 請求原因6の事実は知らない。

3 請求原因7の事実は認める。

4 請求原因8のうち、被告国宝に原告主張の書面が到達したとの事実は認めるが、その余は争う。

5 請求原因9の事実は知らない。

6 請求原因10は争う。

三  被告組合の主張

1  建物に設定された抵当権の実行による競売手続においては、建物についての敷地利用権が存在しなかったとしても、競落人に民法五六八条一項、二項及び五六六条二項の類推適用はなく、これにより競売代金の減額や配当金の返還請求はできない。

仮に類推適用の余地があるとしても、それは、当該競売手続上、目的建物について敷地利用権が確実に存在することが明示され、かつ、それを前提として最低売却価額が決められたことが明白な場合に限って、例外的に肯定されるべきである。本件競売事件においては、現況調査報告書、評価書及び物件明細書に本件建物につき建物収去土地明渡訴訟が係属中である旨の記載があり、最低売却価額も本件建物の敷地利用権の存否が不明であることを前提として決定されているから、本件は右例外的な場合に該当しない。

2  以下に述べる事実によれば、浅賀と被告国宝は、遅くとも平成元年七月初旬までに本件土地についての賃貸借契約を合意解除し、その事実を隠蔽するため、通謀して別件訴訟を提起し、あたかも法定解除がなされたかのような体裁を整えたものである。したがって、浅賀と被告国宝は、本件建物の根抵当権者であった被告組合に対し、本件土地についての賃貸借契約の終了の効果を主張し得ないものであり、被告組合の申立てにより開始された本件競売事件において本件建物を競落した原告に対しても、同様賃貸借契約の終了の効果を主張し得ないというべきである。そうすると、本件土地についての借地権はいまだ消滅していないから、借地権の消滅を前提とする原告の請求は理由がない。

(一) 浅賀は、本件競売事件が開始された後の平成元年三月二八日、かねてから被告国宝らを被告として係属中の本件建物の収去と本件土地の明渡しを求める訴訟(東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第一〇九六四号)について、突然訴えを取り下げ、被告国宝らは、これに同意した。

(二) 被告国宝は、平成元年七月初旬又は中旬、本件土地の賃料として昭和六一年九月から毎月四〇万円ずつ供託してきた供託金合計約一四〇〇万円を、被告組合に何らの連絡もなしに取り戻した。

(三) 浅賀は、被告国宝に対し、同被告の右供託金の取戻しの直後である平成元年七月一九日、書面をもって、同被告が昭和六一年八月分から賃料三五か月分を滞納しているとして、五日以内の支払の催告と支払がない場合には解除する旨通知した。

(四) 浅賀は、原告が本件建物を競落した(平成元年八月二日)直後である同月一〇日、被告国宝らを被告とし、賃料不払等を理由に本件土地の賃貸借契約を解除したとして、別件訴訟を提起したが、被告国宝らは、平成元年一〇月六日の第一回口頭弁論期日に欠席したため、別件判決が言い渡され、被告国宝らの控訴がないまま確定した。

(五) 浅賀は、現在まで別件判決に基づく強制執行をせず、被告国宝らは、本件建物を使用して従前どうりの営業を行っている。

第三  証拠<省略>

理由

一民法五六八条一項、二項及び五六六条二項の類推適用の可否

建物の競売手続は、必ずしも建物の敷地利用権の存在を前提として行われるものではなく、また、競売手続は、債務者又は建物所有者の意思に基づいて行われるものではないから、これらの者は、競売手続に際し、当然には建物の敷地利用権の有無について債権者、競落人になろうとする者らに対し告知すべき義務はなく、建物の敷地利用権の存在まで担保する義務はないものというべきである。

しかしながら、建物の敷地利用権が現に存在する場合には、当該敷地利用権は建物の競売に伴い従たる権利として競落人に移転するものと解されており、実際にも、敷地利用権は、建物自体の価値とは別に独自の、しかも通常、建物の価値以上の価値を有するものであることから、競売手続においては、執行官の作成する現況調査報告書において、調査の目的物が建物であり、敷地の所有者が債務者以外の者であるときは、債務者の敷地の占有権限の有無、内容等について関係人の陳述、関係資料の要旨及び執行官の意見を記載しなければならない(民事執行規則二九条)こととされ、評価人の作成する評価書においても、評価額の算出の過程で敷地利用権の有無、内容等が吟味され、目的物の価額が決定される取扱い(同規則三〇条参照)となっており、執行裁判所の作成する物件明細書においても、通常その備考欄に敷地利用権の有無、内容等についての参考意見が記載され、さらに、これらのいわゆる三点セットが一般の閲覧に供される(民事執行法六二条、同規則三一条)こととされている。

そうすると、建物の競売手続において、建物の敷地利用権が存在するものとされ、その価値が評価されて最低売却価額が決定されたことが明白であり、これに従って競売が行われた場合、後に当該敷地利用権が不存在であったとして競落人の敷地利用権が否定されるとすれば、債務者及び配当を受けた債権者が不当に利益を得る一方、競落人が不測の損害を被ることになり、極めて不公平、不合理な事態が生ずる結果となる。

したがって、右のような場合において、後日競落人の敷地利用権が否定され、善意の競落人が競落の目的を達し得ないときは、民法五六八条一項、二項及び五六六条二項の類推適用により、債務者又は建物所有者に敷地利用権の存在についての担保責任を負担させ、競落人は、これらの者に対し、契約の解除又は代金の減額を、債務者らが無資力な場合には配当金の受領者に対し、その返還を求めることができるものと解すべきである。

二以上に従って、本件について検討する。

1  請求原因1から5まで及び7の各事実は当事者間に争いがない。

2  証拠(<書証番号略>及び証人武内将文)によれば、本件競売事件の物件明細書の備考欄には、本件建物の敷地利用権に関し、平成元年五月二二日付けで「本件については、一時使用目的ではなく、建物所有目的の借地権として評価したと付記。裁判官」と記載されていたこと(原告と被告組合間においては争いがない。)及び本件競売事件においては、本件建物の最低売却価額の決定に当たり、本件建物の価額自体に加え、その敷地である本件土地についての借地権の六割に当たる価額が考慮されていたことが認められる。

他方、前掲証拠によれば、昭和六二年九月一〇日付けの現況調査報告書には、浅賀と被告国宝ら間の本件建物の収去と本件土地の明渡しを求める訴訟(東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第一〇九六四号)が係属中である旨及びその内容について被告国宝、浅賀及びその訴訟代理人からの事情聴取の結果が詳細に記載されている上、これに訴状、答弁書及び準備書面二通が添付されていること、昭和六二年一〇月二二日付けの評価書には、右建物収去土地明渡訴訟が係属中である旨記載され、これを前提に本件建物の敷地利用権が一時使用目的の借地権である場合と建物所有目的の借地権である場合とに分け、前者については七割の争訟減価を、後者については四割の争訟減価がされた上各評価額が算出されていること、平成元年五月一一日付けの補充評価書では、本件建物の敷地利用権が建物所有目的の借地権であることを前提に、四割の争訟減価がされた上、本件建物の評価額が七二四八万円とされていること(もっとも、この時点においては、実際は浅賀により右建物収去土地明渡訴訟は取り下げられていた。)、昭和六三年二月一日付けの物件明細書の備考欄には、右建物収去土地明渡訴訟が係属中である旨記載され、その後平成元年五月二二日付けで、前記のとおり「本件については、一時使用目的ではなく、建物所有目的の借地権として評価したと付記。裁判官」と記載されたこと、原告は本件建物の競落に当たって、被告国宝の代表者に面接するなどして右建物収去土地明渡訴訟が係属中であることあるいは本件建物の競落当時同訴訟がいまだ係属中であるとの認識を有していたことが認められる。

3  以上の事実に照らすと、本件競売事件においては、現況調査報告書、評価書及び物件明細書の各記載上からも、本件建物の評価額からも、本件建物の敷地利用権が存在することが競売事件の記録上明白であったということはできず、また、本件競売手続が、本件建物の敷地利用権が確実に存在することを前提に進められたということもできない。

したがって、本件においては、民法五六八条一項、二項及び五六六条二項の類推適用の余地はないというべきであるから、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

三なお、付言するに、建物のみに設定された抵当権の実行手続において、当該建物の敷地の貸主及び借主たる債務者又は建物所有者が、抵当権の実行手続を妨害する目的で通謀して敷地利用権を消滅させるなどの行為に及び、その結果競落人が不測の損害を被るに至る事態が生じることは、右のような抵当権の実行手続が敷地利用権の存在を当然の前提として進められるものではないこと、仮に執行裁判所が敷地利用権の存在を前提としたとしても、そのことに何らの拘束力はないこと等の事情を考慮しても、当該競落人についてのみならず、民事執行制度の適正、円滑な遂行の観点からしても、極めて好ましくない事態といわなければならない。このような場合の競落人に対する救済方法としては、被告組合が主張するごとく、敷地利用権を消滅させる行為が合意解除又はこれと同視できる行為に当たると認められる、実体法上権利濫用又は信義則の法理により、敷地の賃貸人は、競落人に対し、敷地利用権の消滅の効果を主張できないといい得る場合には、競落人は、敷地の賃貸人及び賃借人たる債務者らを相手として、敷地利用権の存在確認訴訟を提起するとか、敷地の賃貸人から、競落人に対し、建物収去土地明渡しの強制執行がされた場合、敷地利用権を消滅させる行為が請求異議事由に当たるといい得るときには、このような訴訟を提起するなどのことが考えられる。そして、最終的には、競落人は、敷地の賃貸人及び賃借人たる債務者らの敷地利用権を消滅させるなどの行為が抵当権の実行手続を妨害する目的で通謀してされた不法行為に当たるとして、これらの者に対して、敷地利用権に相当する損害の賠償を求めることによって、救済されるべきものというほかない。

念のため、付言した。

四以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官秋山壽延)

別紙物件目録<省略>

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